第8回 前夜の歌

なんというドラマチックな夜だろうたった一つのことだけがある

辻井竜一
『遊泳前夜の歌』

明日からは新年度。もう思い出にひたるのはやめて、明日からは新しい生活に向かっていかなくてはならない。入学式、入社式、転勤初日、クラス替え。どきどきすることだらけ。せめて今夜は、未来へ出発する前夜にいることを味わおう。

千葉 聡

きらり選手宣誓の短歌!

「グランドにチームメイトの笑顔あり夢を追いかけ命輝く」

 

今年の春の甲子園、選手宣誓に若者らしい短歌を織り交ぜたのは、敦賀気比高校(福井)のキャプテン、篠原涼選手。

「多くの皆さんに支えられ、大好きな野球ができることに感謝します」

添えられた言葉の通リ、31文字には大好きな野球がこの甲子園でできる喜びがはちきれんばかりに溢れていて、爽やか。輝く命がほとばしります。

(瀬川恭子)

第7回 青年の叫び

花びらを上唇にくつつけて一生剥がれなくたつていい

田村 元
『北二十二条西七丁目』

「一生剥がれなくたつていい」という大げさな意志表示。同歌集には「俺は詩人だバカヤローと怒鳴つて社を出でて行くことを夢想す」などもある。田村にとって歌とは、思いを増幅させる装置なのかもしれない。『北二十二条西七丁目』には、青年歌人の叫びがギュッと詰まっている。

千葉 聡

第6回 そんな手紙が届く季節

日溜りに置けばたちまち音立てて花咲くような手紙が欲しい

天野 慶
『ウタノタネ』

卒業、異動、退職……。お別れに際して、手紙をもらうことも多い。思いが伝わって、鼻の奥がつんとする。寂しくて、うずくまりたくなる。でも、手紙からもらった言葉が、自分の中の何かを咲かせてくれる。日溜りのなか、一人ひとりに、そんな手紙がきっと届く、春。

千葉 聡

第5回 桜の輝き

夕光ゆふかげのなかにまぶしく花みちてしだれ桜はかがやきを垂る

佐藤佐太郎
『形影』

夕光は「ゆふかげ」、夕陽の光のこと。しだれ桜が光を受けている。桜の木全体が光って見える。まるで桜そのものが輝きを垂らしているかのようだ。「まぶしく花みちて」という表現もいい。桜の花の一つひとつの、どれもが生命力を得ているのだ。

千葉 聡

第4回 春の一部

千切りにされた春ですいま君の頭に乗った桜の花片

木下龍也
『つむじ風、ここにあります』

友人が、ふと手を伸ばしてきた。「何かついてるよ」と彼は頭から何かをとってくれた。ゴミ? とんでもない。それは桜の花びらだった。春のほんの一部だが、たしかにこの季節を体現しているもの。それが頭に乗っていたとき、私も春の一部だっただろうか。

千葉 聡

第3回 三月の翼

必要がないから退化したはずの翼が疼くような三月

柴田 瞳
『月は燃え出しそうなオレンジ』

卒業式も過ぎ、最後の春休みが始まった。幼い頃は、背中に生えた翼で空を飛ぶことを夢みてもよかったが、大きくなると空想することも減っていく。ただ、ときどきは、その夢を、空想の世界を、思い出すのだ。どこにも所属していない、こんな自由な春休みに。

千葉 聡

第2回 ガリレオの望遠鏡

あはれしづかな東洋の春ガリレオの望遠鏡にはなびらながれ

永井陽子
『ふしぎな楽器』

イタリアの天文学者、ガリレオ・ガリレイ先生が、たまたま望遠鏡を日本に向けてみたら、桜の花びらが散ってゆくのが見えたという。まさに春。ガリレオの口から「おぉ」という声がもれただろうか。桜前線も北上し、関東でも開花の声を聞くころだ。

千葉 聡

第1回 桜坂を降りて

あのひとの上履きのまま桜坂降りてしまって、好きなんだ、ばか

藤本 玲未
『オーロラのお針子』

少女が息をきらして走ってくる。恋に傷つき、なんとか自分らしさを保とうと、あのひとから逃げるように坂を降りてきたのだ。トラブルが起きる前に軽いノリで交換していた、あのひとのブカブカの上履きがキュっと鳴る。 まもなく桜坂に花びらが降り注ぐ季節になる。

千葉 聡

言葉のチカラ

眠る前のひととき、心に響く短歌を楽しみます。私が今好きなのは、若い人たちの歌。『タルト・タタンと炭酸水』の竹内亮さんの歌は、穏やかな光や風を感じさせ、シアワセな気分にしてくれるから、好きです。

向い側のひざの上ではスーパーの袋いっぱいレモンが透ける

川べりに止めた個人タクシーのサイドミラーに映る青空

また、『それはとても速くて永い』の法橋ひらくさんの

風に舞うレジ袋たちこの先を僕は上手に生きられますか

も切なくていいなぁ。言葉のもつチカラって素敵です。

(瀬川恭子)