第47回 虹の予報

待ちぼうけ食わされたくて家を出る 午後から虹の予報が出てる

黒井いづみ
「外大短歌 第五号」

うまくいかないことばかり。うまくいかないだろうと予測できても、人は日常を続ける。どんなことでも受け入れようと、深呼吸して家を出る。そんな日々に差し込まれる「虹の予報」。きっとこの人は、夕方の空を見上げるだろう。憧れを失っていない証として、見上げ続けるだろう。「外大短歌」は東京外国語大学短歌会の歌誌。〈短歌企画〉、座談会、イラストなど、おもちゃ箱のようなにぎやかさと発想力に惹かれる。

千葉 聡

第46回 刻まれたひかり

夏ごとに黒くなる腕過ぎてきたひかり確かに刻まれてゆく

本田瑞穂
『すばらしい日々』

日差しが強くなる。夜、風呂に入ると、焼けた肌がひりひりする。どんどん黒くなってしまう。日焼けは嫌なものだが、この歌では、それを「ひかり」の跡だとうたう。優しい発見だ。本田瑞穂には「ひかり」の歌が多い。「まひるまにすべてのあかりこうとつけたったひとりの海の記念日」「なかゆびのゆびわがひかる急に日が落ちたとおもう鏡の中で」。光をみつめるまなざしを思う。

千葉 聡

第45回 震えるエルフ

三郎に日々新しい名をねだる 喘息病みの「震えるエルフ」

高柳蕗子
『回文兄弟』

私は二十代の終わりごろ、「かばん」という自由な歌人集団に入った。その歌会で誰よりも面白い発言をしていたのが高柳蕗子だった。歌会が終わっても、高柳は細いタバコからほのかに煙をくゆらせながら、一首一首に新しい解釈を施そうと、面白い議論を展開していた。いつでも、彼女のいる場所が議論の中心だった。「震えるエルフ」などの回文を織り込んだ連作を発表したり、変わった言葉をコレクションしたり、高柳は常に言葉と遊んでいる。歌に詠まれた小さな妖精も喜んでいるだろう。

千葉 聡

第44回 誰かの弱さや苦しさを受けとめて

笑わない母を見舞いに行くための終バスを待つ兄と妹

枡野浩一
『ハッピーロンリーウォーリーソング』

私は二十代後半の日々を、たいした目的もないまま、大学院生として過ごした。ある日たまたま大学図書館で「角川短歌」を手にとり、角川短歌賞最終候補となった連作を読んだ。「ここに、俺と同じ痛みを感じている人がいる」と思った。作者は枡野浩一。同い年のライターだという。間もなく、枡野は新聞や週刊誌、テレビで活躍するようになる。小説を書けばベストセラーになる。その後も大学院生として鬱屈していた私にとって、枡野は憧れの存在となった。「痛いの痛いの飛んでくように痛まなくなるまで歌いたい痛い歌」や「ストローの袋みたいに軽薄な俺の苦笑が風に転がる」など、若者の痛みをうたう。その中に、掲出歌のような、静かで胸にしみる歌もある。枡野は誰かの弱さや苦しさを、ちゃんと受けとめて歌を詠む。『ハッピーロンリーウォーリーソング』は角川文庫から刊行された。復刊を望む。

千葉 聡

第43回 渡された草

渡された草をすぐには捨てかねて心もとなき歩みとなりぬ

花山周子
『風とマルス』

一読して、「この一首は、短歌のことを言っているのかもしれない」と思った。歌人は、誰かからそっと草の葉を渡されるように、ふと何かの言葉やイメージをもらう(思いつく)。それを捨てられずに、頭の中でいろいろな姿に加工してみる。そのうちのいくつかが、一首となることもある。一首とならずにただ「心もとなき歩み」で終わってしまうこともある。花山周子の歌には、言葉の表面的な意味だけでなく、別の何かが隠されているような気がする。気になる歌人だ。

千葉 聡

第42回 スタートライン

靴紐を結ぶべく身を屈めれば全ての場所がスタートライン

山田 航
『さよならバグ・チルドレン』

日々、真面目に頑張っているのに、どうしても俺って格好悪いことばかりやっちゃうんだよなぁ。多くの人が、そう思っているだろう。だいじな場面で口ごもってしまう。気合いを入れて出かけた朝に、靴紐がほどけてしまう。でも、いいんだ。もう一度、言い直そう。ちゃんとしゃがんで靴紐を結び直そう。身を屈めることで、人は、自らの体温を、息づかいを感じる。生きている重みを受けとめる。

千葉 聡

第41回 もの書き

もの書きてひと日を過ごし雨もまたその文章の中に書き込む

浜田康敬
『旅人われは』

このコラムの筆者は、私・千葉聡。先月、書肆侃侃房から『海、悲歌、夏の雫など』という歌集を刊行していただいた。今年中に、あと二冊を刊行する予定だ。月刊「短歌研究」で短編小説を連載中。ほかに連載二本。現在、横浜市立の高校に勤務。今は、2年生の担任。そして、バスケ、陸上、軽音楽の三つの部の顧問をしている。会議のない夕方には、部員たちとトレーニングしている。四月から、週に一度だけ、K大学文学部の一講座を担当している。S社の国語教科書の編集委員もがんばっている。K社の学芸関係の賞の委員も引き受けた。暇さえあれば、ペンを持っている。物書きをしている限り、空いた時間はすべて執筆に当てるべきなのだ。そして、私は、自分がリアルに経験したことを書きたいと願うタイプの物書きだ。晴れなら、青い空にふさわしい明るい歌を詠みたい。雨なら、その雨が降ったということから、連想で何かいい題材をつかまえる。つかまえてみせる!

千葉 聡

第40回 礼儀として

人に向きほほゑむは礼儀の一つにて老女二十四時しろくじ楽しきならず

齋藤 史
『風翩翻へんぽん

デイサービスに通ったり、転倒防止体操教室に参加したり。七十になった母は、毎日楽しくやっている。母のお仲間にお会いすると、どなたも優しいお顔をなさっていて、「あぁ、俺もいつか、こんなふうに心穏やかな人になれるだろうか」と思う。だが、齋藤史のこの一首は、私の甘っちょろい考えを、気持ちよく壊してくれた。そう。人はみな、こんなふうなのだ。こんなふうだからこそ、愛おしい存在なのだ。

千葉 聡

第39回 空振りをしても

大いなる空振りありてこれならばまだ好いていよう五月の男

梅内美華子
横断ゼブラ・歩道ゾーン

男に格好悪いところがあっても、初夏の風を抱くように彼女は彼を受け入れる。梅内美華子の描く恋歌には、不格好なシーンも多く、そういう人間味のあるところに惹かれる。「若きゆえ庇われている羞しさの鶏冠とさかのように腫れゆく思い」。この歌集に込められた恋の思いは、これからこの世に生まれるであろうすべての恋を応援している。

千葉 聡

第38回 私という事件

市街地図 赤で示せる現在地 私という事件勃発

近藤達子みちこ
『空耳飛行』

市街地図の中の赤いマークは、非常事態発生のランプを連想させる。そうだ。今、ここに、私がたしかに存在することが、何よりの事件なんだ。「空耳を何度も聞く日 ひょっとして耳翼だけでも飛べるだろうか」など、『空耳飛行』の収録歌には、驚きと異世界への入口が内臓されている。

千葉 聡