哀しみも苦しみも人間が感情につけた名前である。本当のそれに遭遇したとき、我々は言葉を失ってしまう。激しい心の軋みを和らげる言葉をぐるぐると模索するうちに発熱している自分に気づく。自分がいまもつ熱。この熱だけが感情を支えている根拠であると思い至る。そのわずかな確信を頼りに新しい一歩を探るのだ。思えば、感情が自然の摂理であるとすれば、和らげたいと考えるのは人間のエゴであって、過ぎ去るまでをじっとこらえて待たねばならない、ともいえるのではないか。歌集の冒頭に置かれたこの一首に歌われている「熱」は、激しい心の軋みをも引き受けた作者の静かな意思であるようにも思えるのだ。
堀合昇平