新鋭短歌

新鋭短歌シリーズスタート

水野葵以

上坂あゆ美

toron*

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新鋭短歌シリーズ出版記念会 レポート【第一部】

2014.01.28

 

◆日時:2013年11月30日(土)13:00〜16:45

◆会場:日本出版クラブ会館・鳳凰

◆総参加者:202名

 

【第一部 歌集を出すかもしれないあなたへ ~第一歌集のこれまでとこれから~】

パネラー :加藤治郎 / 東直子 / 光森裕樹

 

 

 秋色深まる好天の日、東京新宿の日本出版クラブ会館にて「新鋭短歌シリーズ」第1期・12歌集の出版を記念する会が開かれた。202名にのぼる参加者の中には、伝統的な結社に所属する歌人のみならず、同人誌やフリーペーパー、ネットといった新しい環境で短歌に触れている若い世代や、俳人、詩人、小説家など、さまざまな背景を持つ人々が見られた。

 リリース当初より多くのメディアで話題を呼び、注目を受けてきた本シリーズが、短歌の歴史においてどのような新しい扉を開き得るのかを探ろうとする、熱気のあふれる会となった。

 

 記念会は監修者の一人である東直子の挨拶によって開幕。つづく第一部では、本シリーズの企画立案と監修を担った加藤治郎を進行役として、東直子、光森裕樹の三氏による『歌集を出すかもしれないあなたへ 〜第一歌集のこれまでとこれから〜』と題する鼎談を行った。

 鼎談は、加藤が1980年代、東が1990年代、光森が2000年以降に出版された第一歌集を各10冊ずつ、計30冊を紹介しながら、時代ごとの歌集の姿から読み取れる短歌界全体の変遷を追う形で進行した。

 結社に属さずフリーとして活動する光森は、自身の第一歌集出版について「出版社も歌集を初めて出す版元で、情報が少なく手探りだった」という経験の紹介から「伝統的な結社の括りがゆるやかになったことで、歌集出版におけるノウハウが良かれ悪しかれ継承されなくなっている」ことを指摘し、加えて「歌壇の垣根が無くなってきたことで、高額を出して歌集を出版しても評価の実感が得にくくなっており、短歌界の全体像が見えにくいという状況が出て来ている」と述べた。また、ゼロ年代以降に登場した実験性のある歌集や、電子書籍など特殊な出版形態の歌集を紹介しながら、「なぜ歌集を出すのか、が問われ続けるべきだ」「歌集の出版とは、世の中に問い、より遠い世界に届けるものであって欲しく、その為に出版社や先輩歌人の知恵や力を借りて欲しい」「出版費用の出所や額に関わらず、費用以上の価値を獲得するベンチャー的なものであって欲しい。そういうことが瞬間的な評価とは別に、50年、100年という短歌の流れを作ってゆく」と、短歌界の長期的な未来像を捉えようとする持論を展開した。

 東は結社の未来短歌会から歌人集団かばんという同人集団に移籍した経歴を持つ。出版形態多様化の萌芽となる90年代歌集を紹介しながら、「80年代は結社のヒエラルキーを通して第一歌集を出すのが登竜門であり、歌集専門の出版社から出さないと認められなかったが、90年代から俵万智の『サラダ記念日』の成功を受け、商業出版やイラストの入った実験作なども試されるようになった」「従来文化の継承型と、他ジャンルへのアピールを目的とした実験型など歌集の出版意義の多様化も見られた」と述べ、歌人としてだけでなく小説や脚本など多ジャンルで活動する立場から、「小説は文芸誌への掲載や単行本の出版にあたって編集者が厳しく作品に切り込み、一定のレベルを越えないと掲載されないが、短歌は歌人しか口を出さない不文律がある。小説における編集者の役割を結社の先生や師匠といった存在が担ってきた」ことを指摘し、新鋭短歌シリーズでは自身も監修という立場から編集者的な役割を担った経験を語った。また、「これまで才能がありながら歌集を出さずに活動しなくなる人を多く見てきて、勿体なさを感じていた。本を出すことは大きなことで必ずゼロにはならない。誰かの目に止まり時間の中に言葉が刻まれる」と、第一歌集出版の重要性と共にシリーズの意義を述べた。

 加藤は1983年に作歌を始め、未来短歌会の岡井隆に師事した経歴から、自身の第一歌集出版時には岡井の家に挨拶に訪れ許可を得た経験を述べると共に、概ね師匠が弟子の解説文を書いた80年代の第一歌集群を紹介し、短歌界において師弟関係のハードルが生きていた時代性について語った。また、「歌集の解説は師匠が書くことが多く、解説と栞は性質が異なり、解説は歌集本文と同じ扱いで全集にも入る」といった歌集特有の文化が、今の若手歌人に共有・継承されていない実態も取りあげられた。

 さらに新鋭短歌シリーズの監修にあたっては、「他の結社の師匠についている人には声をかけにくい。師弟関係の間に割って入るのはアンタッチャブルだという意識がある。聖域がある」という実情があったことも語られ、これには東からも「新人賞を取っている人も、出版社が労力をかけて発掘した人材なので声をかけにくく、必然的にそれ以外の場で注目されている人や、自分が以前から気になっていた人材を探すことになった」との意見があり、光森は「アンタッチャブルな部分をもっとオープンにしていって欲しい」と述べた。これらのやり取りの中で、新鋭短歌シリーズが結社や新人賞という従来の人材発掘の枠組みと異なる場所から出発した由来が明らかになると共に、従来型の枠組み内の人材にも機会を提供する方法への課題も浮かび上がった。

 さらに加藤は、吉川宏志の『青蟬』が登場して前衛短歌に対抗する流れが生じだしたことを例に出し、短歌の流れを変えるキィとなる歌集の存在にも注目した。荻原裕幸と共にプロデューサー役を担った「歌葉」のオンデマンド歌集出版の企画では、松木秀の第一歌集が現代歌人協会賞を受賞した例や、斉藤斎藤や永井祐といった短歌史の中で重要視される人物の第一歌集が登場した例をあげ、「最後は中身勝負になってくる」という点についても言及した。

 会場発言では歌人の松村由利子より、「短歌界の謹呈文化の不健全性」についての指摘や、「歌集が書店に適正価格で流通され、本は買うものだという意識が広がることを期待する」といった声を得た。

 第一部の鼎談では、第一歌集出版という共通項を通して短歌史を探ることで、インターネットの普及や各種出版形態の多様化に伴う短歌界全体の変遷を改めて見直すこととなった。同時に、短歌界の現状を分析することで、歌集出版の意義を問い、今後の課題も浮かび上がらせるという成果も得られた。

 

 

◆加藤治郎 紹介歌集10冊

『さやと戦げる玉の緒の』(紀野恵 第一出版 1984年)

『猫、1・2・3・4』(中山明 遊星舎 1984年)

『刺青天使』(大塚寅彦 短歌研究社 1985年)

『わたしは可愛い三月兎』(仙波龍英 紫陽社 1985年)

『ラビュリントスの日々』(坂井修一 砂子屋書房 1986年)

『サラダ記念日』(俵万智 河出書房新社 1987年)

『サニー・サイド・アップ』(加藤治郎 雁書館 1987年)

『青年霊歌』(荻原裕幸 書肆季節社 1988年)

『夏空の櫂』(米川千嘉子 砂子屋書房 1988年)

『びあんか』(水原紫苑 雁書館 1989年)

 

◆東直子 紹介歌集10冊

『五月の王』(川野里子 雁書館 1990年)

『シンジケート』(穂村弘 沖積舎 1990年)

『風が吹く日にベランダにいる』(早坂類 河出書房新社 1993年)

『銀河を産んだように』(大滝和子 砂子屋書房 1994年)

『横断歩道(ゼブラ・ゾーン)』(梅内美華子 雁書館 1994年)

『青蟬』(吉川宏志 砂子屋書房 1995年)

『春原さんのリコーダー』(東直子 本阿弥書店 1996年)

『てのりくじら』(枡野浩一 実業之日本社 1996年)

『海量』(大口玲子 雁書館 1998年)

『樹下のひとりの眠りのために』(横山未来子 短歌研究社 1998年)

 

◆光森裕樹 紹介歌集10冊

『友達ニ出会フノハ良イ事』(矢部雅之 ながらみ書房 2003.12)

『O脚の膝』(今橋愛 北溟社 2003.12)

『uta0001.txt』(中澤系 雁書館 2004.3)

『渡辺のわたし』(斉藤斎藤 BookPark 2004.7)

『屋上の人屋上の鳥』(花山周子 ながらみ書房 2007.8)

『Starving Stargazer』(中島裕介 ながらみ書房 2008.11)

『鈴を産むひばり』(光森裕樹 港の人 2010.8)

『星と切符』(黒田雪子 私家版 2011.8)

『窓、その他』(内山晶太 六花書林 2012.9)

『2月31日の空』(あまねそう Kindle向け個人出版 2013.3)

 

(第一部 陣崎草子・記)

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